ショウジン
僕のことに興味を持ってくださり、ありがとうございます。
このページでは、僕のこれまでの経歴をお伝えします。

 

ショウジン

1970年代生まれ。40代、独身、A型

好き:猫、自然、独り
嫌い:オラオラした人、群れること

 

父は、団塊世代の王道を、絵に描いたような長嶋茂雄が好きな真面目なサラリーマン。

母は、絵に描いたような昭和型の謎のパーマヘアーが印象深く、パートはするが基本は専業主婦。

妹は、頭は良いのだが、小学生時代は学級崩壊のリーダー、会社では理不尽を行う上司に弾丸をぶっ放す、自分を曲げない性格。

それと、大好きな猫たち。

 

そんな家族と共に育ちました。とても長文になりますが・・・

もくじ

【小学生まで】転校を繰り返す、普通の男の子

昭和の普通の男の子

争い事がキライで、おとなしく人見知りで、内向的な傾向はありましたが、基本的には普通の男の子だったと思います。

絵を書いたり、工作をしたり、ザリガニ・カエル・虫を捕まえたり。1日1時間までしかプレイさせてもらえないファミコンをするのも大好きでした。

 

勉強はあまり好きではなく、授業中は時計ばかり見て、休み時間までのカウントダウンをしつつ、ノートに漫画のキン肉マン』北斗の拳』の絵を書いたり、消しゴムのカスをネリネリして団子状にして、自分が使う机の上のキズを埋めるという、謎の作業に精を出します。

当時『まとまるくん』という商品名の消しゴムがあって、その謎の作業をするために、素材の粘度がちょうど良く、お気に入りでした。

 

3回の転校

父が、転勤族だったので、小学校を3回ほど転校し、とても寂しい思いをしました。やはり友達と別れるのは辛いものです。「俺は、引っ越さないで一人でここに残るっ!」と、本気で両親に言ったのをよく覚えています。

小学生なのに、本気で自分一人で生活できると思っていました。

男の子ってアホです

 

母が入院したが

小学二年生の時に、妹がだいぶ変わった子だったのもあり、母が苦労し、育児ノイローゼになります。数ヶ月、母は実家に一時帰り、入院してしまったことは印象的な出来事です。

その間、父の祖母が田舎から来て、面倒を見てくれます。

寂しいかと思いきや、1日一時間のファミコン縛りがなく、スーパーマリオやりたい放題。ガミガミと、うるさい母がいない自由な生活は、以外と快適だったのはここだけの話です・・・

 

ロックバンドに衝撃を受ける

小学六年生の時、親戚のお兄ちゃんの部屋でロックバンド『BOOWY』音楽を、たまたま耳にすることになります。BOOWY解散ライブを収録したアルバム『LAST GIGS』です。

その時、そのサウンドに雷に打たれたような衝撃を受け、そこにあったエレキギターに憧れを抱きます。

「なんだこれ、すげー」

「ロックバンドのパワー・エネルギー!」

「くぅ〜っ、カッコイイ!」

生まれて初めて味わう、どこからか、こみ上げてくる熱いもの。

 

子供が少年に変わった瞬間でした。

そして、この体験が後の人生に大きく影響を及ぼすのです。

 

たしか2〜3年前・・・
都内某所でこんなシャッターを見つけ
ついつい、足を止めてパチリ

 

【中学時代】気合いと根性の精神を、叩き込まれる

体育会系の洗礼

入学式の後、初めての教室で、担任の27歳の若い体育教師は黒板にデカデカと、こう書きます。

『気合い・根性・ガッツ』

「いいか、お前ら、これがあれば何でも大丈夫だ!」

 

そこから、中学生活が始まりました。

 

部活はバレーボール部に入り、体育会系の洗礼を受けることに。

一年生の僕たちは、オキシドールで髪を茶色くした不良の怖い先輩しごきに耐えながら、一年間、パス練習と球拾いしかさせてもらえず。二年、三年生になっても監督の部活顧問からは試合中に、しょうもないミスをするとビンタされたり、蹴られたり。それが当たり前。

怖かったなぁ・・・

といっても、決して強いチームでもなく、超・弱小チームなのですけどね。

 

今では考えられないけど、昭和時代の部活ですから体育会系バリバリで、まるで軍隊の特訓のようでした。気合い、根性で、頑張る精神を叩き込まれました。

 

BOOWYのライブビデオ

クラス内の女子に、兄弟がBOOWYのライブビデオを持っている、という子が現れる。なんとそのビデオを貸してくれるというのです!

跳んで喜んだ。

当時はまだインターネットなんてないし、ライブビデオは貴重な存在。もう、たまらなく好きすぎて、学校から帰ったら繰り返し、何度も観ました。

毎日、熱狂のライブ三昧ビデオを返したくなくて、かなりの長期間借りたままにしていたと記憶してます。

 

上履きに画鋲が。小さなイジメ

中二になり、ある時から、周囲に無視をされるようになります。

原因はどうやら、同級生の少し不良っぽい奴が、僕のことを無視するよう、みんなに呼びかけたようなのですね。休み時間は、一人ぼっちで机にいるようになり、朝、登校すると上履きに画鋲が刺さっていたこともありました。

今までに味わったことのない、居場所のない、冷たく寂しい気持ちを味わいました。

幸い、そのイジメは半年ほどで自然と、なくなっていきます。

 

少し辛い思いはしましたが、数年にも渡るものでもなく、長期に渡るひどいイジメを受ける子のことを考えれば、僕が受けたことは、ほんのかすり傷くらい。

今思えば、人の痛みを知るための良い経験でした。

とはいえ、ストレスからか…関係があるのか無いのかわかりませんが、この頃から何か頭が廻らないような変な違和感を感じはじめ、勉強などが異常に頭に入らなくなっていきます。

後々に、その症状で悩まされることになるのです。

 

エレキギターを買う。中二病を発症

中三になり、小学生の頃から、使わずに貯めておいたお年玉を使って、エレキギターを買いました。

なぜなら、同級生にドラムを始めた奴がいて、それを目の前で見たものだから、刺激されてスイッチが入ってしまったんです。

そして、そのドラムの同級生と一緒にバンドをやり始めます。

もうギターが好きすぎて、24時間ギターのことばかり考えるようになり、部活も辞めてしまい、学校から帰ると食事・睡眠の時、以外はギター練習に燃えました。

超がつくほどのギターバカ少年』になってしまったんです。

もう、この頃にプロギタリストになると決めてました。自分は天才だと完全に勘違いしてましたから。ひどいもんです・・・

中二病の発症です。

 

ギターとアンプの間に繋いで
音色を変えるアイテムです

中学3年の時から使い始め
今でも、たま〜に使います

 

【高校時代】ギターを持ってスタジオに入り浸る

音楽スタジオでアルバイト

ギターを弾くことしか考えていなかったし、大学に行く気なども全くなかったので、全く勉強もしなくなりテストは、いつも赤点ギリギリだした。

地元の音楽スタジオに、入り浸るようになり。そのうち、そこでアルバイトを、させてもらえることになります。

「辞めるスタッフがいるから、バイトしない?」と声をかけてくれたんです。

時給はジャスト600円でしたが、スタジオでバイト出来るなんて夢のようでした。

高校には音楽仲間がいなかったので、学校以外はスタジオのロビーで、ギターを練習してました。

 

まるで兄弟のように

スタジオのスタッフの中に、長髪で10才ほど年上のギターが上手い方がいて、兄貴のように慕うようになります。機材のことやギターの弾き方を教わったり、いろいろなCDを聴かせてくれたんです。

冗談のセンスが最高で、温和で優しい人でした。

弟のように可愛がってくれて、今でも感謝してます。二人で朝まで、腹筋が崩壊して呼吸が苦しくなるほどに、くだらない話をして笑ったのを思い出します。

楽しかったなぁ。

 

 

 

【音楽学校時代】身体の異変、謎の倦怠感

音楽学校に通う

ポピュラーミュージックの音楽専門学校に2年通います。ギター科です。好きな道に進ませてくれた両親には、とても感謝しています。

この頃から、体の疲労感というか、謎の倦怠感を感じるようになります。学校に行くだけでバテてしまったり、異常にに授業にも集中できなくなったんです。

実は、高校生の頃にも、テスト勉強をしなければいけない時に、どうも思考が廻らないというか、尋常じゃなく記憶ができないというか、頭の中に、綿のようなものが詰まったような感じがしていたんですね。

それが、急に増大してきているようでした。

 

でも、当時の僕は能天気に「なんでだろうなぁ、なんか、おかしいなぁ~」「気合が足らないのかな?」くらいにしか考えていなくて。

若かったからか、自分が「病気なのかな」と考えることはなかったのです。

 

【20代①】アルバイトしながら、手探りで音楽活動をする

卒業したのはいいが、どうしましょ?

音楽学校は卒業しましたが、当然、ミュージシャンの世界に就職というのは基本的にはありません。

最後の授業が終わって、先生から「じゃぁ、頑張れよ!」で終わりです。

自分でも、その後どうしたらいいのか分からず、アルバイトをしながらバンド活動を一生懸命するしかありませんでした。

 

手探りで音楽活動

5年くらいたったと思います。そのうちに、少しづつ音楽での知り合いも増えてきて、ちょこちょこ、いろいろなバンドにギターで呼ばれるようになってきました。

僕の場合、自分がアーティストとしてデビューしたいとかではなく、バック・ミュージシャン的なポジションでやっていきたいと考えていたので、声をかけられたり、人から紹介されるものは全て二つ返事で引き受けました。

来る者拒まず、去る者追わず』そんなスタンスです。

 

そうやって、場数を踏んで経験値をあげつつ、気合いと根性で、道を切り開いていくしか自分にはできなかったのですね。

自分も含め、まだ、誰でもネットを使うような時代でもありませんから、手探りで活動するしかありませんでした。

 

先が見えない不安

周囲は就職して車を買ったり、結婚し始めたりしますから。周囲と自分を比較して、アルバイトしながらの活動は、先の見えない将来の不安を抱えて結構苦しかったですね。

いつも突破口を探していました。この時期でバンドなどを同時に5つくらいやっていたと思います。

 

バイトだけでも体がキツい!何でだ?

そんな日々を送っていましたが、

前記した、体の倦怠感や思考が廻らなかったり、頭の中に綿が詰まったような、カスミがかかったような謎の症状は、さらに大きくなっていきます。

この頃には、販売系のアルバイトをしていて、倦怠感や体力の無さから、バイト中にトイレに行く振りをして個室に入って5分くらい隠れて休憩したりして、バイトをなんとかやり過ごしていた。

それほどに、身体も重くキツくなってきていたんですね。

 

でも、病気という認識はなくて「自分の精神が、怠けてきているだけだ」と、思っていたんです。(ある意味、オツムが天然でした・・・笑)

身体も辛いけど、思考が廻らないというのは、いろいろな日常の事が上手くできなくなってくるので、結構、辛いんです。

 

本屋で、マーフィーの法則を見つける

そんな時に、フラッと本屋にいった所、自己啓発の書籍というものに初めて出会います。

それまでは、あまり本など読んでこなかったけれども、これなら、自分の問題の解決と音楽活動のヒントを得られるのでは?と思い、様々な自己啓発本を読むようになります。

音楽活動の悩みと、体調の悩みの解決の糸口をそこに求めたのですね。

 

本田健さんの『ユダヤ大富豪の教え』が、新刊だった頃かと思います。

斎藤一人さんや、ナポレオンヒル系の田中孝顕の、倍速アファメーションCD付きの本など・・・、たくさんの書籍を読みました。

マーフィーの『眠りながら成功する』が気に入り、マーフィーだけでも当時10冊以上は読んだと思います。

当時はまだ『引き寄せの法則』という言葉はなかったと思いますけど、『思考は現実化する』とどの本でも共通で語られていたので、「なるほど!」と実践しました。

 

けれども、今思えば、『気合い根性で頑張る』が意識のベースに有ったので、さらに気合い根性で頑張らないといけない現実を引き寄せてしまっていました。

自分で余計に辛い現実を、創造してしまっていました。

 

その頃の自分に、「あんたそれ間違ってるよ、もっと楽な気持ちでやりなよ」と教えてあげたいです。

 

 

 

【20代②】ギターで大失敗をやらかす、身体が限界に

いつも緊張状態

少しづつではありましたが、ギャラをもらって弾く機会も出てきます。でも、体調はますます悪化していきました。

記憶力が本当に悪くなっているので、曲を覚えることが上手くできない。けれどもギャラを貰って弾くということは、プロとして弾くということですね。

自分が、ソロヴォーカリストなどのアーティストを支える立場になるので、プレッシャーが強くなって。精神的負担は増大して、いつも、受験前や就職試験の前のような緊張状態でした。

 

緊張が抜けない日々を送っていたからだと思いますが、身体は最悪の状態に。当然ですね。体重も減り身長は170cmありますが50kgを切って、40kg代になっていました。

ちなみに、その身長だと60kgで平均です。

それでも、アルバイトに行きながら頑張っていました。

 

頭が真っ白、大失敗をやらかす

ある駆け出しの女性ヴォーカリストを、アコースティック・ギターのみで伴奏をした時のこと。

業界では有名な、超大物プロデューサーも目前にいたのですが、演奏し始めて少しした所で緊張のあまり、頭が真っ白になってしまって、曲もコードも分からなくなってしまったのです。

ギター演奏がメッチャクチャになってしまい、伴奏が止まってしまいました。バンドならまだしも。伴奏するのが自分一人ですから。

 

僕が、そのヴォーカリストをサポートしなければいけない立場なのに、彼女のチャンスをぶっ壊してしまったのですね。

その時の凍りついた場の空気は背筋が凍るほどでした。申し訳なさすぎて、ただ謝るしかできませんでした。

 意気消沈しました。

 上を向けませんでした。

その後、しばらくはギターを持つと手が震えて弾けなくなりましたし、身体の状態も、もう最悪でした。

 

ですが、ここで不思議な奇跡的なことが起こります。

 

【20代③】ある治療師との出会いで、奇跡的な回復をする

不思議な能力者との出会い

20代も後半になっていたこの頃、長くなるので、ここでは割愛しますが、ヒーラーというか気功師というか超能力者というか、ある能力者と出会います。

そして、その治療を数回受けただけで、今まで悩まされていた症状の7〜8割が嘘のように改善したのです。

本当に辛くてずっと悩んでいたから、不調から解放される嬉しさといったら、病気に悩んだ経験のある方なら想像つくかと思います。

 

その先生は、北沢勇人さんという方です。

治療の後、他にお客さんがいなく、時間がある時は毎回1時間ほど、僕のために、いろいろ不思議な話をしてくださいました。

世の中には理論や理屈では説明できないことが存在することを、書籍などの言葉ではなく『身をもって体験した』大きな大きな出来事でした。

そこで、人生観が大きく変わりました。

今でも、その先生とのご縁に、心から感謝しています。

そのことをきっかけに、精神世界に興味を持ち本をたくさん読んだりして、勉強するようにもなります。

 

1909年、シュタイナーが書いた名著です

 

【30代、会社員時代】中間管理職が無理でした

30代前半での転機、会社員になる

30歳過ぎても音楽だけでは、生活していける状態にはなれませんでした。そもそも、そんなに飛び抜けた音楽の才能があるわけでもありませんでしたので。

さすがに「そろそろ、安定した職に付かないと・・・」と、思わないわけがありません。

ちょうどその頃に、運良く、思わぬ話が舞い込みます。

 

20代の初めから、約10年、同じ職場で販売系のアルバイトをしていましたが、そこの社員登用試験を受けてみないかと話をもらいます。

バイトとはいえ、一生懸命に仕事はしていたので、評判も悪くなかったようです。採用試験を受け、社員になることができました。

正直「ホッ」としました。救われた気持ちでした。

 

それからは、全国転勤の身になり慣れない土地での生活も経験します。

仕事に全力投球して、休日も仕事をしたり、朝7時から夜中まで仕事をする時もありましたが、充実していましたね。

それまで、ずっと不安定な生活だったので、仕事があること、収入が安定することがありがたかったです。

 

中間管理職になって

そのうちに、中間管理職になります。

それまでも、かなり忙しい日々を送っていて過労状態でしたが。マルチタスクの嵐と、上司と部下の板挟み、店舗での人員不足などの中、慣れない管理職の職務に身体が悲鳴を上げ始めます。

 

若い頃からの思考が廻らなくなる症状も、再度ひどく出始め、今度は湿疹というか乾癬というか、皮膚にも症状が出てしまいました。

そのうちに全身に渡り皮膚がボロボロになっていき。

汚い表現で申し訳ないですが・・・
黄色いジクジクした分泌液で
下着もベトベトになるし、痒くて痒くて服にこすれると痛いし、しんどかった。終いには乳首も半分なくなり顔も黄色いカサブタだらけで、ひどい見た目になってしまいます。

姿鏡に映った裸の自分は正直、かなりグロかったです。

その鏡に映る姿に、自然と涙が流れました。

 

毎朝、気合を入れてから出勤

それでも「負けるもんか」と毎朝、冷水のシャワーを浴びて「気合い」を入れてから、出勤することもありました。

そんな生活を続けていたら、とうとう、限界がきてしまったようで。

朝、職場に行くことに異常な恐怖を覚え、心臓がバクバクとなるようになり。昔から問題であった思考の症状も最悪で、従業員通しの会話も右から左へと耳を通り抜けてしまい、理解できなくなってしまいました。

簡単なメール文すらも目に写るだけで、理解できなくなって、まるで、脳がオーバーヒートしてしまったようでした。

自分が情けなかった。

 

退職

そこまでの状態になる前にも長期休みをもらって、実家まで帰り、休んだりもしたのだが、どうにも、無理だったんですね。

上司は「一度降格してでも辞めないほうが良い」と引き止めてくれたけれど、ついに、心が折れてしまって。

「もう疲れたよ・・・」

40歳を目前に、アルバイト時代含めて20年近く勤めた会社に申し出て、退職することにしました。

 

自分は、何やってもゆっくりマイペースなので、仕事も遅いんですね。
ですから、中間管理職はどうにも無理があったようです。

 

 

 

【40代、退職後から現在】苦しい現実を自分で『創造』していた事に気づき、現実が変わる

自宅で独り?ギターの仕事

退職後は、健康の回復を第一に療養しつつ、ユルめにギターの仕事をしました。

昔と違い、デジタルの技術が進んだので、自宅でギターレコーディングをして、データで納品という形で仕事もできる時代になったのもあり、僕の事情を知った作曲家・アレンジャーの知人が仕事を回してくれたのです。

自宅で独り仕事をできるのは、ありがたかった

メジャーアーティスト、人気の声優さん、アイドル、ゲーム音楽など…レコーディングに携わります。

他にも都内某スクールにてギター講師をします。

 

とはいえ、それだけでは収入的に安定しているわけでもなく、何か収入面でのいい方法がないかな?と考えるのは自然な流れです。

 

ネットビジネスとの出会い

そんな状況の中で、2019年の終わりにネットビジネスと出会います。

きっかけは、会社員からフリーランスという身分になり生活する中で、ふと、こんな意識が浮かんできたからです。

  • 仕事やお金は、他者からもらうのではなく自分で創ればいいよね
  • こんなに便利ですごい働きができるパソコンという道具で、お金が稼げないはずはないよな

そう思って、調べ始めたのがきっかけです。それまでは、アフィリエイトの存在すら知りませんでした。

ここで、大切なのは、ネットビジネスに出会ったから上記の意識へと変わったのではなくて、意識が変わったから結果として、ネットビジネスと出会ったのですね。

 

自分の脳に惜しまず投資する

初めて買った教材は、『仕組み化』と『思考法』についてのものでした。5万円のものと20万円のものでしが、「枝葉のテクニックではなく、思考力を高めるために、学ぶことが大切だ」ということが思考法と共に語られていて、僕も非常に共感できました。

今でも、最初があの教材でよかったなと思ってますが、自分にとっては、難しかったんですね。

特に、問題だったのは、文章を書くのが大の苦手だったことです。
(今でこそ、こんな長い文を書いてますが、最初はブログ記事を1つ書くのに10日かかってましたから・・・)

それと同時に、まずは『思考法・マインドセット』を学ばないと、何の結果も出ないと感じたのと、それらを学び自分が進化成長するのが楽しかったので、その後も、会社員時代の貯金を注ぎ込み、教材を買って自己投資をしていきます。

要は、お金と時間を使い、自分の脳に投資をしたのです。

 

 

その学びの結果、大切なことに気づきます。

 

 

大きな気づき:意識の根底が間違っていた

下記のような意識が、今までずっと根底にあって、それを現実化していたことに気づいたんです。

  • 気合い、根性で、頑張れば何とかなる
  • 苦しんで、辛く厳しいことに耐えた先に成功がある
  • 競争に勝ち進んだ先に成功がある
  • 頑張るのは良いこと、楽をするのは悪いことだ

上記の意識で、頑張れば頑張るほどに、もっと頑張らないといけない苦しい現実が現れます。思考は現実化するからです。

自分で(潜在意識が)苦しく頑張らないといけない現実を、創造してしまっていたのです。

 

今までの人生、
どうりで苦しいわけだっ!

 

昭和生まれの僕たちは、眉間にしわを寄せて、歯を食いしばって生きてきました。その先に幸せがあると思ってました。

でも、それは違ったようです。

 

逆でした。頑張るよりラクに、難しいよりカンタンに考える!

頑張ることよりも『カンタンに、楽に、軽〜く』の方が、実は、上質であり大事。

現在は、そんな意識で過ごしているので、どんどんと現実が良くなっています。

その変化の過程で、現実が変化するタイミングで起こる苦しみというか、辛い現象が起こりましたが、「あなたの居場所はそこではないぞ」という何かの導きだったのかもしれません。

その悩まされる出来事が起こった時に、助けてくれた存在が、現在のメンター村本直さんでした。

 

安心していいよ。あなたに合った成功の方法があるよ

村本さんは、独りネット起業15年の実績ある人であり、心の人です。

相手の心の隣にサササッと来て、その人に合わせた導きができる人なんです。なぜなら本質を掴んでいて、尚且つ愛のある人だからです。

僕は、そう思います。

 

その村本さんに、僕も助けてもらったのです。

「あなたに合った成功の方法があるから、心配しなくていいよ。安心していいよ」と。

 

人には、相性もあればタイミングもあり、人生の中で必要な人がいます。現在の自分にとって、その必要な人は、どうやら村本さんのようです。

そんなこんなで、現在は、村本直さんをメンターとして慕い、そして仲間として歩ませてもらっています。

 

楽しく試行錯誤しつつ毎日を過ごしていますから、現実が着々と良くなっているのを感じています。

それは、どういうことかといえば、

より自分らしく、より心地よく過ごせるようになってきていることです。
今後ますます、それが加速していくでしょうから、楽しみなんです。

 

◆ 考えてみてください。

幸せの形は人それぞれですね。10人いれば10通りの幸せがあります。

お金は大事ですし必要なものですが、それだけがあっても幸せとは限りません。本来のあなたで、心地よく過ごせることが、お金と同時に、必要ではないでしょうか?

 

ウソの自分に力はありません。

 本来のあなた
 お金

両方が必要なんです。

 

大切なので繰り返します

偽りの自分に力はありません

 

大事なのは、あなたにとっての成功、つまり『成幸』です。

 

僕は、そう思いますが、あなたはどう思いますか?

 

 

以上です

お時間割いて、ここまでお付合い下さった
あなたに感謝しております。

 

【最後に】※ 必要な方だけご覧下さい

40代の僕たちは、眉間にしわを寄せて、歯を食いしばって我慢して生きてきました。勝ち進んだ先に幸せがあると思ってました。

でも、そう思い込まされていただけで、現実は違ったんです。

幸せになるどころか、気づけば傷だらけの僕らが、そこにいただけでした。

 

昭和生まれの僕たちが『インターネットで収入を得る方法』を紹介します。

ネット上にマネタイズの仕組みを作って・・・

 本来のあなただから
 心を大切にするから
 収入が得られる方法です。

 

ダメですよ、頑張ってはいけません。

安心・リラックス・ほんのり楽しく
それらを、軽〜い気持ちで積み重ねるんです。

 

あなたにとっての『成幸の始まり』になることを願ってます。

 

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